1.まえがき


  昨年の夏、旭川水系上流域とその畔林の現況を地図にまとめて公表された高野信男さんが、今度は吉井川水系の上流域(津山市街から上流)について同じ手法で調査され、ここに公表された。私は高野さんの熱意と努力に敬服するというよりも、ただただ驚くばかりである。
  新しい地図を一見してまず気付くのは、吉井川水系は旭川水系に比べて、自然林・混交林・自然河道が揃ってかなり多く残されていることである。これは現地の住民の方々が、ご自分たちの生活を大事にしてこられた賜物であろう。   岡山県にはご存知のように、旭川水系を中心にして東に吉井川水系、西に高梁川水系がある。各流域の人口バランスは適当に保たれ、水資源の確保も適当になされているので、県民の日常生活に支障が出たことはほとんど無い。お陰さまで、私たちには綺麗な水の有難さがほとんど判っていない。
  私は自分の仕事で、中国地方の多くの川筋の地質調査をしていたので、岡山県下の多くの河川の、豊富な清流と広い河川敷が織りなす情景の美しさを充分に知っていたし、誇りに思っていた。ところが、最近はほとんどの河川から砂と小石の川原が消え、そこは草地に、時には樹木まで茂る草原に変わってきた。そして、河川の常時の水量は減り、水が停滞したように見える川も多くなってきた。河川のこのような衰退は今では日本全国至る所で見られる普通の光景でもある。このように水草自生地が拡大したのは、一体何故なのであろうか。
  高野さんはそれぞれの河川の水草自生地を丹念に図化しておられる。図によると、水草自生地の増えた河川は必ず護岸工事がなされ、ほとんどの場合、その近くに人が住んでいる。(このような場所が生き物の生活に好ましくないことをオオサンショウウオはずっと以前からご存知だったようである!)
  最近は車を利用する習慣が一般化し、山奥まで舗装道路があって、農家の人たちはしばしば車で仕事に行かれる。それに、今でも絶えずどこかで、車専用の道路が工事中で、地表は至る所で崩され、剥ぎとられている。さらに悪いことに、最近は集中豪雨が多く、剥ぎ取られた地表の泥は情け容赦なくまとめて河川へ運ばれる。大雨が去ると川の水量は急速に減って、貯水能力のなくなった上流域からのわずかな水では下流に新たに溜まった土砂を洗い流すほどの流量が賄えない。水草自生地は浄化能力が無いに等しく、水は淀む。
  こうして水草自生地が拡大していくと、河床が盛り上がり、突然の大水は川筋だけに収まらず、平野部(=人の居住地)へ侵入しがちになるのは明らかである。私たちは今以上に道路を造らない、植林を増やさない努力をしなければ、やがては生活の場までも失ってしまうのではなかろうか。

               NPO法人 エコ・ギアー  顧問 濡木 輝一(岡山大学名誉教授)


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