1.まえがき(植林地の間伐を進めよう)


高野さんの旭川・吉井川流域調査はこの度の岡山県東北部地域の調査が終わり、一応の区切りがついたことになる。高野さんが地形図に着色された、現在の植林、混交林、自然林の具体的な分布図は比類のない大変貴重な成果である。その結果、各河川の上流域に例外なく植林地が拡がり、植林地の間を流れる小川や人の生活圏を通る小川には、更には中・下流にまで、雑多な土木工事が施されていることなど、今まで見慣れてきた共通の、しかし、気になる現実が、より具体的に浮かび上がって来ている。
  岡山県のみならず、日本の諸河川は、現在でも一般に、徐々に渇水化していて、特にダム湖の下流域の渇水状況は著しい。河川水の枯渇は、当然、海の生態系を壊し、大きくは、自然環境全体に強い影響を与える。日本全国の河川で見られるこの様な退廃の原因を調べるには、現在の山と半世紀前の山の自然環境を比べて、何が変わったか、何が変えられたか、を詳しくチェックするのが手っ取り早い。地形図を見れば、人の生活圏が山腹へ、平野部の耕作地へ、と拡げられた影響もあって、山腹を横切る舗装道路や、それらに繋がる多数のトンネル、谷や大小の河川を横切る橋の数が非常に増加している現実がある。
  一方で、最近は未曾有の大量の雨が度重なり、山間部に降った大量の雨は激しい泥水になって、山腹から一気に海へ運ばれる。河川から濁流が去った後には岸辺や川の中央に大量の泥が新しく溜まるが、定常的な河川の水量が増すことはない。溜まった泥はやがて水草自生地へと変わって行く。私達が半世紀前に遊んでいた川岸は小石を投げて遊ぶ所であったが、今は殆どの川岸で、小石は泥に埋まって見当たらない。岸辺で小魚達の戯れる場所は殆ど失われた。大量の雨は、春から夏にかけて地表の平均気温が高くなってきた結果であろうから、今後も繰り返すことであろう。一方、大量の泥の源は植林地、住宅周辺、特に住宅の裏山や新しい道路建設などの工事現場など、水をその場に留める能力のない、裸にされた地表面が主である。 土木工事は抑制できる。
  旭川の上流域に湯原湖、中流域には旭川湖、吉井川の中流域には奥津湖という、それぞれ大きな多目的ダムが造られ、ダムの上流の大量の水がここで一旦堰き止められる。しかし、ダムが満水状態になると、ダムへ流入する水の大部分は何らかの形で下流域へ放出されているはずなのに、下流の水量は驚くほど少ない。大雨に伴った大量の泥の一部は当然ダムへ流れ込み、ダムは絶えず浅くなっているが、ダムから放出される水は依然として増えない。これは、最近はダムへ流入する水の量がもともと日常的に少ないためであろう。いずれにしろ、上流域の水量が増せば、下流域の水量は必ず増すはずである。
  日本で、山腹を開削する多数の土木工事が全国的に行われるようになったのは、20世紀後半になってからのことである。これらの山腹を削る土木工事は、規模の大小を問わず、例外なく山塊の内部の、特に土木工事が頻繁に行われる麓の、地下水を滲出させる。工事が終わっても地下水の滲出が止まらない例も多い。特に、トンネル工事やダム建設は決定的に悪い効果をもたらすであろう。最近では、殆どの山の麓で湧き水が消える。山腹の地肌は乾き、木の実も虫も少ない。山中でのみ生活していた動物たちは山裾まで降りなければ水も食料も、特に水が得られない。私達が、降った雨を出来るだけ山腹に、麓に、留める方法を考えなければ、山は一方的に乾いて行くばかりである。何万年〜何億年にわたって完成された山塊内部の地下水の平衡状態や流通を人間の生活時間内で恢復するのは、実際には勿論不可能であるが、私達が、今、努力しなければ、状況は更に悪くなるばかりで、現状に留める事すら難しいであろう。
  山間部の地表からの水の蒸発を少しでも遅らせたい。そのためには上流域の山腹の植生と土壌を元の自然に近づける仕事がまず必要になる。高野さんが先に報告された加茂川上流域に広がる県有林、また、この度の広戸川、梶波川、吉野川などの各上流域では、正に、植林域内に混交林が点在する現状である。そこで、すべての植林地をまず混交林レベルへ、混交林を自然林へ、と少しずつ復元してゆく努力が必要になる。具体的な作業として、植林した針葉樹の間伐をして、落葉樹と置き換へることが最小限必要である。そうすれば、植林地全体の保水力が少しずつ必ず回復し、針葉樹の成長も進む。高野さんの試験林は、実際に、植林の間伐をしただけで、4〜5年で驚異的に緑化されている。
  これまでは間伐した木材の処置が経済的に折り合わず、間伐事業がなかなか進められなかったが、最近になって、間伐材を積極的に利用しようとする事業が注目されるようになった。岡山県真庭市は市・地元企業・森林組合を母体とする「真庭バイオマス発電事業推進協議会」を今年8月29日に発足させた、という画期的で耳寄りなニュースがある(山陽新聞;2012・8・30付)。真庭市の発想と英断は素晴らしい。真庭市のバイオマス事業が採算良く稼働できる“一大産業”に成長すれば、木材生産の盛んな岡山県下の他の市町村は真庭市に続くであろう。岡山県は全県規模でバイオマス発電事業を援護して、必要な間伐材をまず県北の県有植林地から切り出して、発電その他のバイオマス事業へ売却し、この画期的な民間産業を積極的に奨励し、援助してほしい。県が率先して間伐事業を経済的にも発展させれば」、それは民間の第二、第三のバイオマス事業推進の起爆剤になり、ひいては、岡山県の努力が全国的に評価されることは容易に予想される。県の英断と関与を切にお願いする次第である。
                             平成24年10月
                                 NPO法人エコ・ギアー 顧問  濡木 輝一
                                                  (岡山大学名誉教授)

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